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航空歴史館

毎日新聞社ニッポン世界一周大飛行完成

  ニッポン世界一周大飛行完成記念碑
  ニッポン帝都に凱旋の新聞記事
  操縦席写真
  世界一周大飛行の歌レコード
  吉田重雄操縦士の墓銘碑

 

A3601-5 東京都千代田区一ツ橋 パレスサイドビル 毎日新聞社
      The Mainichi,
 Round-the-world trip NIPPON Monumento, Chiyoda-ku, Tokyo Metropolitan  
                        
毎日新聞社 ニッポン世界一周大飛行完成記念碑

撮影2007/04 NK     



撮影2017/05/30 佐伯邦昭



                         皇紀2599年は西暦1939(昭和14)年
 





   

ニッポン帝都に凱旋の新聞記事

国立公文書館所蔵 撮影2017/05/30 翔べ日本の翼展にて 佐伯邦昭

 

ニッポン号J-BACIのコックピット 故産田健一郎氏所蔵  かつお

  当時の日本機は座席位置が現在とは逆で、右が「正」左が「副」と聞いています。中央下の白い部分は96式陸攻には無い前下方のスクープウインドーです。真ん中の長いレバーは何でしょうか?何か油圧関係とも思います。右はオーバーヘッドのスロットルレバーとプロペラピッチコントローラーと思われるものがが写っています。キャノピー天蓋状態を示します

故産田健一郎氏所蔵 提供かつお
  

ロサンゼルス バーバンク飛行場で公開されたニッポン号 提供杉山弘一

 

世界一周大飛行の歌レコード  かつお

 橋本国彦氏作曲の世界一周大飛行の歌レコード盤です。

 大阪毎日新聞社と東京日々新聞社が歌詞を募集したもので、両社は、世界航空発達史という短編映画も作り、全国に宣伝して回りました。

 レコードを聴くと当時の曲にしては洗練されています。橋本国彦氏は山田耕筰氏などと並ぶ日本音楽界(クラシック系)の重鎮で、多くの作曲・著書がありました。歌手もそうそうたる顔ぶれで、特に四家文子 女史は著名な声楽家でした。


模型製作 かつお

 

ニッポン号吉田重雄副操縦士の墓銘碑  

 三菱96式中型攻撃機(製造番号328)を改装した毎日新聞社ニッポン号J-BACIに副操縦士として搭乗し、世界一周飛行を成し遂げた故吉田重雄氏の墓名碑です。広島市南区黄金山町の墓地にあります。

 ニッポン号の飛行日誌によると1939年8月26日羽田飛行場を飛び立って同年10月20日帰着するまでに、32の飛行場に立ち寄り、総飛行時間194時間、飛行距離52、860キロメートルに及ぶ大飛行でした。 朝日新聞社の神風号亜欧連絡飛行に次ぐ快挙に当時の日本国民は沸き立ちました。計画段階においてすら、機名募集に133万通の応募があり、根室からノーム(アラスカ)までの太平洋横断時間の懸賞募集には46万通の応募があったそうです。(実際には15時間48分)

 一躍英雄となった搭乗員ですが、2年後に勃発した太平洋戦争に巻き込まれていきます。吉田重雄氏は毎日新聞航空部の同僚とともに輸送任務に就き、1943年12月23日97式重爆撃機の機長として南方へ機材を輸送をしての帰路、敵艦からの射撃を受けて惜しくも殉職しました。

 以前のお墓にはプロペラの紋章があったそうですが、墓地の区画整理を機に写真のように新らしい墓石になり、傍らに墓銘碑が建立されました。吉田スミさんは重雄氏の令夫人であります。

撮影2004/01/01  幸田恒弘