P5M-1
P5M-1 126501 VP-40 QE-7
撮影1958年頃 提供濱野博司 白いレドームは米本国用を示す
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SP-5B (旧P5M-2S)
水上機母艦から揚陸 撮影1964 提供 関西航空史料研究会
SP-5B 135517 VP-40 SG-5
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140148 VP-50 SG-8
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140147 VP-40 QE-3 撮影1967/05/07 濱野博司 黒いレドームはSEA用を示す 3機で飛来
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SP-5Bの解体 米海軍飛行艇の終焉SP-5Bの解体
1967年初夏、VP-40(QE)のSP-5Bが甲南工場に集まってきました。勤務していた叔父から「18機のピーゴを甲南でつぶす」と聞いていました。4月29日にQE-4が我が家の上空を超低空でパスしてから、5月8日までに、修理で残っていた機体と併せて18機が確認できました。
工場では、レドームとエンジンと機密部品だけを本国へ送り、機体はユンボでつぶされたそうです。
SP-5Bの引退(即ち米海軍飛行艇の終焉)の式典は1967年11月頃にノーホーク基地で行われ、その時期にVP-40(QE)は既にP-3Aを装備していました。
以下、1967/05/08前後に撮影 濱野博司
140147 VP-40 QE-3 撮影1967/05/07 濱野博司 黒いレドームはSEA用を示す 3機で飛来
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135517 VP-40 QE-8 撮影1967/05/06 濱野博司 白いレドームは米本国用を示す ノーホークからの補充機
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赤いツチブタのマーキング
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QE-1
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更 1965/09/30 テストフライト
「この頃は伊丹にも、ひと月に1回くらいのペースの撮影なので 何時飛ぶか分からない新明和甲南工場はボーズの可能性が高いので行かなかったのですが、何か情報があったのでしょうね。
SP−5B、1967年まで約10年くらい新明和甲南工場でのオ−バ−ホ−ル作業が、今のUS−2の甲南工場での定期修理と同じように何時テストフライトが見られるか分からない状態で、ボーズになる可能性が高いのでわざわざ写真を撮りに行く人が少なかったなかったのでしょう。 私も1965年まで甲南工場の存在、SP-5B飛行艇の写真が撮れるということを知りませんでした。
京都からは伊丹に行くより時間もかかりました。 3回ほど行って、ラッキーにもSP-5Bのテストフライトに。
その時は分らなかったのですが、ベトナム戦でベトコンの海上からの補給ルートなどのパトロールに使われていたようですが、陸上に降りられなくてスベリのある基地以外には水上機母艦が必要な哨戒飛行艇は維持が大変だったようで、新明和甲南工場で少数機の程度のいい機体を除きスクラップに。 多分程度のいい機体のテストフライトにぶつかったのかも。」 北川喜一
北川喜一さんが 山内秀樹さんと飛行機仲間ということで 北川さんの撮影された写真に山内さんが解説文を入れたものをお送りいただきましたので写真下に解説として紹介します。 写真の表示順も文章に合わせて並べなおしました。 解説がとても分かりやすく勉強になります。(編)
撮影1965/09/30 北川喜一 解説 山内秀樹
135482 SP-5B VP-48
SF-3のスベリから水上タキシングに移る一連の写真は、その作業手順がよくわかる非常に貴重なものです。
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飛行前点検を終え、
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右緑、左赤に塗り分けられた直方体のブイに取り付けられたビーチングギアのタイアには塩水が詰められており、艇体から切り離されてもタイアは水上に浮かず、なおかつ外側の車輪のホイールには鉄板を重ねてウェイトとしてブイの浮力で支柱がほぼ垂直を保つ工夫が。
そのビーチングギアも長いロープがとりつけられており、ランプ上の地上員が繰り出していき、艇体から切り離された段階でランプに引き摺り上げて回収する。
艇尾のビーチングギアは艇体の左側に取り付けられており、脚柱の右側のみに取り付けられた直方体フロートと塩水を入れたダブルタイアと右側のホイールに付けられた鉄板で脚柱をほぼ垂直に保つ。
これにも回収用のロープがランプ上に伸びており、地上員がこれを手繰って回収する。
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完全に水上状態となり、パイロットは側面窓から頭を出してビーチングギア切り離し作業を見守り、既に地上員がビーチングギア回収ロープを手繰り始めている。(この写真はVP-48の同じモデックスSF-3が2機揃って写っている工場ならではの写真。
陸上の147935 SF-3は新明和到着直後でこれからオーバーホールという状況。 一方134582 SF-3はオーバーホール完了後の試験飛行か領収飛行に出発という状況。
また、同時にこの2機がフライトすることも無いので、何の混乱もないとは思うが、非常に面白い一瞬。 機首の大きなレドームには当時最新鋭機材で、後にP-3A/BやP-2Jにも搭載されたAN/APS-80索敵レーダのスキャナーが収容されているが、先端部を黒く塗っているのは西太平洋展開部隊の使用機のみ。 米本土のSP-5Bは機首のレドーム全面真っ白の塗装。理由は知らない。
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すべてのドアを密閉し、タキシングを開始。
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艇尾の左側面が波立っているのは左ハイドロフラップを開いて、右翼端フロートの水力抵抗に抵抗し、直進しようとしているため。
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尾部銃座跡に後方に突き出したドームはAN/APN-122ドップラーレーダのアンテナ収容部で下面がハニカム構造となっている。 大きな水力を受け、損傷しやすい艇底にレドームを装着できないので苦肉の策。
AN/ASQ-8MADも探知距離を稼ぐためにはできるだけ低い位置(PS-1のように胴体尾部)に取り付けたいところだが、デリケートな磁気コイルを保護するためY字尾翼の交点から後方に装備。
MADコーン先端部に直角方向に交わったコイル(輪環)を剥き出しに取り付けているのが性能重視で生々しい。
操縦席後方背部のレドームはAN/APA-69 ECMアンテナで360°回転式のアンテナを収容しており、S2F-1の操縦席後方背部のAN/APA-69アンテナと同じ配置。
撮影1965/09/30 北川喜一 解説 山内秀樹
147935 SP-5B VP-48
新明和到着直後でこれからオーバーホールという状況。
その前に主翼を取りはずした状態のUF-XS (149822)が見える。
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新 撮影1965/09/30 北川喜一
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